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幕張本郷にある小児科 岩田こどもクリニックはこどもたちの笑顔が大好きです。

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〒262-0033 千葉市花見川区幕張本郷2-36-21 ワンダーランド1A

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子育て待合室2011年

2011年01月05日
家族が集うということ
これは、2011年1月に岩田こどもクリニックの待合室内に掲示されたエッセイです。

新しい年が明けました。
年末年始には、それぞれのご家庭での決まった行事をこなして過ごされた方も多いことでしょう。わが家で も例年通りに、年末には両家のお墓をお参りして一年間の報告をしてきました。そして元旦にはこれも例年 通り、一族が一同に集まりました。
今年の元旦は、いつものメンバーのうち、それぞれに都合がつかない人が4人いましたが、それでも4家族 11人と1匹が集い、にぎやかに新年を祝いました。最年長は89歳、最年少は満8か月という4世代にわたる 幅広い年代の参加者です。完璧に全員参加ということは滅多にありませんが、もう30年余も続いているこの 集いは、一族のかけがえのない歴史を築いてきてくれました。
まだ初めの頃の、新しい家族が次々に増えていった時代も、年老いた義父を見送った時も、息子たちの世代 が青年期に入り社会人となり、あるいは結婚していく時代も、お正月には必ず、皆で集まりました。一族と しての集まりの中で、それぞれがその時の自分を語り、あるいは誰かの話に耳を傾けて、お互いに見守りあ ってきました。こどもたちが血気盛んなころは、遊びに興じながら大ゲンカになった場面もありました。
 思えば、息子たちはそれぞれに、生まれて初めてのお正月からずっと、この集いに参加しています。小さ い頃は、大荷物を持って、前夜から泊りがけで集まり、大晦日の年越しそばも全員で食べました。小さい子 たちには、必ずしも好物ではないおせち料理やお雑煮などの日本の伝統的なお正月料理も、ときには泣きべ そをかきながら、なんとか周りの大人たちに励まされて食べたものでした。何よりも、息子たち世代のいと こが4人そろってドタバタ、ワイワイと楽しげに、大騒ぎしたお正月でした。
 そうした長い歴史の中の思い出話を今、同じお正月の集いの中で、みずから語る息子たちがいるのです。 30年余にわたる長い一族のつながりを感じる場面でした。時間を共有するということがもたらしてくれた大 きな幸せと豊かさを感じます。
 世代を超えた継続的な集まりの中で、世帯を持つというのはどういうことなのか、人の子の親になるとい うのはどういうことなのか、死ぬということはどういうことなのか・・・・。親以外の身近な人生の先輩た ちから、多くのことをそれぞれに吸収してきたことと思います。なによりも、若い世代が年長者を大切にす る心が育っていることをうれしく思います。息子たちも、そして私たち親の世代もこの集いのつながりの中 で、育てられてきました。
 家族というのは、ときとして面倒なことがあることも事実です。人生そのものがそうであるように、いつ でも順風満帆というわけにはいきません。むしろ、なにかうまくいかないことがあって当然、くらいに思っ ていたほうがいいようです。
お正月くらいは、義理で親戚の人たちと過ごすよりも好き勝手に過ごしたい、せっかくの休みだから海外旅 行にでも行きたい、と思うことも時にはありました。それでも、この集う習慣を長く続けていく中で、お互 いを知り、お互いの成長の喜びや苦労を分かち合うことができたと思います。お互いの主義や趣味や生活習 慣を超えて、心穏やかにゆるしあう、ということを学ぶことができました。
縁あって一つの大きな家族になれたことを今は大切にしたいと思います。時間とともに離れていくよりも、 時間とともに深くかかわり合い、分かち合い、つながっていく、そんな家族でありたいと思います。 

2011年02月05日
タイガーマスク現象
これは、2011年2月に岩田こどもクリニック待合室に掲示されたエッセイです。

昨年の12月25日、ある児童相談所に、漫画タイガーマスクの主人公である「伊達直人」を名乗る人物から ランドセル10個が届けられるというクリスマスプレゼントがありました。これを皮切りに全国各地の児童養 護施設などに次々と「伊達直人」や「タイガーマスク」を名乗る寄付があったことが発覚しました。ランド セルだけでなく、おもちゃ、お菓子や現金、あげくは金塊までもが、施設で暮らしている恵まれない子たち に贈られたのです。このような寄付行為は、わずかの期間に連鎖反応的な広がりを見せ、全国47都道府県す べてでこの「タイガーマスク現象」がわきおこりました。
 これは、漫画の中で、主人公「タイガーマスク」が、自分の育った孤児院に暮らすこどもたちに「伊達直 人」の名で寄付をした、というエピソードが土台になっています。今回の一番初めの「伊達直人」さんに触 発されて、全国に広がった善意の寄付行為は、児童養護施設にいてプレゼントを手にしたこどもたちだけで なく、そんなニュースを見聞きした私たちまでをも、心がほっと温かくなるような気持ちにさせてくれまし た。
 そんな中、さらに胸が熱くなるような報道を目にしました。
 ある児童養護施設で、2~6歳の幼いこどもたちが暮らす棟の前に、お菓子や絵本、文房具などが置かれて いて、添えられた手紙には、こう記されていたそうです。
「 私は、この部屋にたくさんの小さいこどもたちがいると聞いてやってまいりました。テレビや新聞など で私もやってみたい、役に立ちたいと思って、持ってきました。これからもおガンバリを 伊達直人(タイ ガーマスク)4人、伊達直子1人 中1 2人、小6 2人、小5 1人 」
 これは、同じ施設に暮らす上級生たちからのプレゼントだったようです。手紙の文字には幼さが残り、お 菓子は少し前に施設内で配られたもの、修正液が塗られた文房具を裏返すと、施設で暮らす年上の子の名前 が透けて見えた、などから判断されたようです。『これからもおガンバリを』というフレーズがなんともか わいく思えます。
じつは、その4日前に、母親に付き添われた中学2年生の女子生徒がこの施設を訪れていて、「自分も寄付を したい」とお年玉袋に入った現金やお菓子、文房具などを置いていったそうです。それを知った施設に在籍 する年長のこどもたちが、「自分たちも・・・」ときっと思ったのでしょう。児童養護施設に暮らしている のは、虐待などで実の親とは一緒に生活できないこどもたちが大半だといいます。そんな厳しくつらい境遇 にあったこどもたちが、施設でともに生活しながら成長していく中で、与えられたおやつを少しずつため て、文房具なども名前を消して、自分たちよりも小さい子へのプレゼントにしよう、とみんなで思いついた のです。自分たちだって、少しでも多くのお菓子が食べたかったに違いありません。育ち盛りでお腹もすい ていたでしょう。それでも、自分たちより年下なのに、同じようにつらい思いをしている小さい子たちの気 持ちを思いやって、プレゼントしたのです。
 誰かの役に立ちたい、困っている人がいれば助けたい、自分にできることはなんだろう。そう考えること は、人として自然な気持ちです。人の役に立つ行動を起こすことが、その相手だけではなく、その周りの人 も、何よりも自分自身を豊かな気持ちにしてくれるものです。
まさに、情けは人のためならず。いずれは巡りめぐって自分にもどってくるということなのでしょう。その 人類共通の普遍的真実が、どちらかというと人の情けを受けることの多い養護施設のこどもたちの心の中に もしっかりと根付いていたことに、心がふるえたできごとでした。

2011年03月07日
いつかきっと、と信じて待つ
これは、2011年3月に岩田こどもクリニック待合室に掲示されたエッセイです。

信じて待つという行為は、なかなかの忍耐を要するものです。たとえば、携帯電話などなかった時代、待ち合わせた相手が時間を過ぎても約束の場所に現れない時の焦燥感は、なんとも言えないものでしたね。
けれども、この「きっと・・・」と信じて辛抱強く待つ行為こそが、じつは子育てにはとても重要なのです。
こどもは、それぞれのスピードで、確実に成長していくものです。ただひたすらに、こどもの持つ力を信じて待つことが、心身ともに健やかな成長を遂げるためには必要不可欠です。
一方で、親はいつでも、子に多くを求めてしまいがちです。「這えば立て、立てば歩めの・・・親心」とは、よく言ったもの。
ヒトとしての発達過程を、こどもたちは、それぞれの先天的要素や環境要因などによって決まる各人各様のスピードでたどっているだけなのですが、すぐ近くで見守る親としては、我慢して待つということが、なかなかできません。やっと??(?)ようになったばかりのわが子に、すぐにも立つ姿を重ねて見る。立つことができるようになれば、次はもう、歩く姿を重ねて見てしまうのですね。
一度に二つ以上のことはできないものと思いましょう。何をするにも順番があります。少しずつでも確実に進んでいくのが、こどもの発達や学習における本来の姿です。一つできたらうんとほめて、たとえ少しだとしても前に進めた喜びを子とともに分かち合い、楽しみましょう。
 馬などの動物を調教する時にも、同じことが言えるそうです。まだ何もわからない相手に、一度に多くを教えても、ただ混乱するばかり。初めはたった一つのことだけを確実に、根気強く、辛抱強く教えていくそうです。
「きっとできる、いつかできるようになる」と信じて、できるようになるまで繰り返し教えて待つのです。これは、相手の潜在能力を心の底から信じていなければ、絶対にできないことでしょう。
そのように時間をかけて、やっとできるようになったときに、もっとも大切なのは、しっかりほめてあげることだそうです。そうして、お互いの信頼関係を築いていくことがまた、次の段階で生きてきます。ほめられることはきっと、新しいことを覚える楽しみへとつながっていくのでしょう。
ほめてもらってうれしいのは、動物も同じなのですね。ヒトの子ならばなおさらでしょう。ほめてこそ、より一層の成長も期待できるというものです。
ほったらかしでも構いすぎでもなく、厳しすぎず、あきらめず、そして一度に多くを求めずに子に寄り添うこと。とても難しいと思います。でも、大人もみな、かつては通ってきた道です。親は、昔、自分自身が小さかったの頃のことを思い出しながら、子の気持ちに寄り添ってあげてください。親から信頼されて育つことは、子に与えられる最大級の幸せでしょう。
 親が先走りすぎて、子よりも先にキレてしまうことがよくあります。そんな親の姿をも、子はしっかりと心に焼き付けていることを忘れないでください。キレやすい子は、その親もまたキレやすい傾向にあります。子はそのような親の生き方を模倣しながら育つものなのです。
「いつか、きっと・・・」と信じて、気長にじっくり待ちましょう。こどもの持っている絶対的な力を信じて、近くでそっと見守ってあげてください。

2011年04月04日
マグニチュード9.0の苦難を分かち合いましょう
これは、2011年4月に岩田こどもクリニック待合室に掲示されたエッセイです。

2011年3月11日午後2時46分、巨大な東北地方太平洋沖地震が日本を襲いました。
続く大津波。次々に報道される惨憺たる被害状況には、目をおおうばかりでした。無数ともいえる多くの命が奪われ、行方不明者も多数。とても現実とは思えないほどの未曾有の大震災。
終わりの見えない避難生活を強いられている多くの人々。ライフラインも途絶した厳寒の地で、暖房用の灯油すら手に入らない厳しい居住環境。
 続発的に起きた福島第一原発の一連の事故。放射能拡散による被害がどんどん広がりました。周辺の農家で、手塩にかけて育てられた野菜たちは、その多くが廃棄処分。酪農家は、乳牛から毎日搾乳した原乳をそのまま捨てる、という悲しくむなしい作業を強いられました。さらに風評被害が追い打ちをかけます。
日本中がたくさんの涙を流しました。何か自分にできることはないかと、多くの人が心を痛めています。被災地のこどもたちですら、少しでも他人のために役立とうと行動する姿が、また、涙を誘います。
 東北地方ほどには甚大な被害を受けたわけではないこの近隣の地でも、大きな影響がありました。
 震災直後の交通網マヒにより発生した大量の帰宅困難者。液状化現象による道路や建物の被害とライフライン断絶。大規模停電を避けるための連日の計画停電。食料品不足や、ガソリン不足などなど。
ありえないことだらけの日々が続きます。これもまた、未曾有。
中でも、放射能による環境汚染問題は、特別に対応がむずかしいと感じています。
 葉もの野菜の放射能レベルが基準値を超えたとはいえ、その程度にもよりますが、画一的に出荷禁止にする必要があったのでしょうか?そういう措置によって、さらに苦しまなければならない生産農家の方々は、今後どうやって生きていけばいいのでしょう?
皆が毎日同じ野菜ばかりを食べ続けるわけではありません。多くの人たちが少しずつ、被災地産の野菜を買って、皆で少しずつ食べればいいのだと思います。そういう形で苦難を分かち合うことはできなかったのでしょうか?大規模停電を回避するために実施された計画停電と同様の発想は、不可能だったでしょうか?
疑問が消えません。
首都圏の水道水は一時、放射性ヨウ素が基準値を超えたため、乳児には与えないようにとの指示が出ました。代用とするミネラルウォーターもたちまち売り切れ、子育て中の母親たちの不安が増大しました。
 乳児の水道水摂取については、日本小児科学会ほか2医学会から共同見解が即座に出されました。その中で、基準としている数値は、月または年単位で摂取し続けた場合を想定しており、ごく限られた短期間であれば、乳児の健康への影響は極めて低い、と断言しています。また、ミネラルを多く含む硬水は、乳児には、より健康被害を及ぼす可能性があるので、水道水を用いるほうが安全である、と言いきっています。全体の水分摂取量が不足してしまうことも、乳児にとっては危険です。
 人工乳のみを摂取している乳児では、ほかに選択肢がなければ、通常通りに水道水を使用することを専門医集団である日本小児科学会はすすめています。
 さまざまな情報が出されます。その場かぎりの判断ではなく、日本全体を少しでも良くするために、自分たちも含めたより多くの人にとって、どうするのが最善であるか、よく考えて、冷静に行動しましょう。
いま、困難をみんなで分かち合いましょう。こどもたちが見ています。
3月11日のあの大地震のとき、自分はどこで何をしていたかを、人々が忘れることはないでしょう。
そして、この大震災の記憶とともに、悲惨な状況にあっても、人を思いやる優しい気持ちを日本人みんなが持っていたのだ、ということをも、こどもたちにはしっかりと語り継いでいきたいものです。
2011年05月07日
みんなの成長が楽しみ
これは、2011年5月に岩田こどもクリニック待合室に掲示されたエッセイです。

ここ幕張本郷の地にクリニックを開いて、早くも17年目になりました。
本当に多くのこどもたちと、そしてそれぞれのご家族の方たちとの出会いがありました。生まれて間もないころから、ずっとかかりつけでいてくださっているご家族とは、病気のこと以外でも、その折々の心にしみいるようなエピソードにも関わらせていただき、また、それにまつわる悲喜こもごもをも共有させていただくことができました。
 先日もこんなことがありました。
晴れてこの春、希望の高校に合格したある男の子が定期通院のため受診したのですが、その際にお母さまから、なにやら本人自ら主治医に相談したいと言っているのだけれど、とのお申し出がありました。本人から聞くと、高校入学後は体育会系のあるクラブに入部したいのだけれど、そのスポーツを現在の自分の病気の状態で、果たしてやっても大丈夫かどうか、という質問でした。
幼少時からそれまでずっと、ご両親のどちらかに付き添われてクリニックに定期的に通院していた彼は、こちらから質問すれば答えてはくれるものの、自分自身の言葉で何かを話すという印象はあまりないお子さんでした。活発でないということはけっしてないのですが、どちらかというと、ご両親に保護されている従順なお子さんなのかな、と受けとめていました。だから、本人自身の言葉でダイレクトに質問されたことには、新鮮な驚きを覚えました。
 彼は、そのスポーツが本当に好きで、ずっとあこがれていて、自分でもやってみたいと強く思うようになり、それが叶う高校をめざして努力した結果、合格を勝ち取ったのです。その前向きな気持ちが、何よりうれしく思いました。
心の底からやってみたいと思うことであるならば、積極的にトライしてみましょう。けれども、同時に自分自身の健康管理も手を抜くことなく、これからは自分できちんとやっていけるようにしましょう。体調が悪いのに無理を押して試合などに出て、取り返しのつかないようなことになるのは絶対に避けましょう。というような内容のお話をしました。
受験を通して、こどもたちは内面的にも大きく成長していくようです。受験勉強中は、受診した際にも、それまでとはちょっと違った雰囲気であることが多いように思います。ピリピリと緊張していたり、逆に、心ここにあらず、という感じで会話が成り立ちにくくなったりすることもあります。けれども、大変だった受験が終われば、まるでひと皮むけたように、たちまち明るく快活な表情になっていきます。
もしかするとこういうことは、ふだんから毎日密着して生活しているご家族には、やや見えにくくなってしまっているかもしれません。ところが、医師と患者という他人同士の関係でも、ある程度の長い年月にわたりクリニックで定期的にお会いしていると、それがごく短い時間の積み重ねであったとしても、確実にこどもたちの成長が読み取れることがあります。
ともすれば、親にも他人にも、口を開くことが少なくなりがちな思春期の男の子が、今後の自分の生活のしかたについて、小さい頃からのかかりつけである小児科医に、自分から相談してくれたのです。なんともうれしく感じた、この春のできごとでした。
 縁あってクリニックでお会いしているこどもたち。
どの子たちもみんな、成長が楽しみです。
2011年06月06日
被災地に向けて・・・ある日の新聞から
これは、2011年6月に岩田こどもクリニック待合室に掲示されたエッセイです。

東日本大震災から、はや3か月が経とうとしています。いまだに復興に向けての明るい光が見えにくい状況ですが、逆境にありながらも、被災地の方々の粘り強さには、その報道に触れるたびに心が震える思いがします。 
震災1か月後の頃、被災地の、ある女子高校生のことがテレビで報道されていました。津波に流された自宅跡地で、涙を流しながらトランペットを吹いていました。「負けないで」という曲だったそうです。そして、家も家族も失ったけれど、「今までたくさん泣いてきたから、これからはもう泣かない」ときっぱりと笑顔で宣言していました。強い意志を感じさせるそのけなげな姿に、切なくいじらしい気持ちになったことを思い出します。
 震災から2か月以上経って、東京都内で「故郷」(ふるさと)と銘打った被災地支援の慈善コンサートが開かれました。そこにその少女が招かれ、同じく被災地出身のプロに交じって、トランペットで「負けないで」などの曲を奏でた、という新聞記事が目に留まりました。演奏を終えた制服姿の彼女は、「両親をなくした友人がいる。自分よりももっとつらい人がいる。その悲しみが伝わり、支援の輪が広がれば」との思いをステージから語ったそうです。そしてまた、「復興を担うのは私たち若い世代。悲しみに負けないで生きたい」とも。
 まるでそれと呼応するかのように、同じ日の新聞に、「生きていくあなたへ」というコラムの最終回がありました。このコラムには、それまでにも、さまざまな職種の著名人が被災地へのメッセージを寄せていました。その日は、「はやぶさ」のプロジェクトリーダーだったJAXA(宇宙航空研究開発機構)教授の川口淳一郎氏の言葉が紹介されていました。
ちょうど1年前になる6月13日、小惑星探査機「はやぶさ」が、地球に帰還しました。60億キロを7年間かけて旅をし、小惑星「イトカワ」の地表面のサンプルを地球に持ち帰るという大任を果たしての帰還です。大気圏突入とともに、美しい輝きを放って燃え尽きてゆく姿は、感動的でした。過酷な状況の中で、けなげにも使命を立派に果たして、最後は自ら消滅していった「はやぶさ」。それは、単なる機械とは思えず、まるで強い意志と生命とを持った勇者のように感じたものです。「はやぶさ」のニュースに接した多くの人々の心に、深い感動が広がっていったようでした。
途中で通信が途絶えたり、エンジンも寿命を迎えるなど、想像を絶する幾多の困難を乗り越えてこられたのは、「はやぶさ」のプロジェクトメンバー全員が、少ない予算の中で、前向きな発想を重ねて、やれることはすべてやりつくして努力したからこそ、運を生かせたのだ、と川口氏は述べています。
そして、被災地の方々には、「忍耐してがんばって下さい」というよりも、「我々には高い壁を超えることができる潜在能力がある」と伝えたいのだ、というメッセージが贈られました。これもまた、感動的な言葉でした。
私たちは誰もみな、きっと測り知れない潜在能力を持っているのです。なんでもやってみなければわからない。被災地の方々だけではありません。日常の暮らしにも、同じことが言えるのでしょう。
大切なのは、あきらめないこと。
負けないで。

2011年07月05日
同時接種でワクチンを
これは、2011年夏に岩田こどもクリニック待合室に掲示されたエッセイです。

最近になってようやく、ワクチンで防げる病気はワクチンを打って防ごう、という考え方が広く受け入れられるようになってきました。世界標準からは大幅に遅れて、ヒブと肺炎球菌という2種類の髄膜炎から赤ちゃんを守るワクチンが日本に導入され、ここ千葉市でも接種費用全額助成の制度が整いました。
 重い病気にかからないようにするために、赤ちゃんは生まれてまもなく、ヒブワクチン、肺炎球菌ワクチン、3種混合ワクチンの3つをそれぞれ3~4週間隔で3回ずつ、接種しなければなりません。1回に1つずつの接種だと、全部で9回も接種のために受診しなければなりません。それは、赤ちゃんだけでなく、連れてこられるお母さんたちにも大きな負担になります。と同時に、途中で体調が悪くなるなどして、思うように接種が進められなくなってしまうことも多々あります。逆に、多少体調が悪くても、スケジュールをこなそうとするあまり、急いで接種したがるケースもあります。予防接種のために短期間で9回も通うことには、とかく無理が生じやすくなってしまうのですね。
何よりも、接種完了までの期間が長引いて免疫力が不十分なままでは、予防しようとしている髄膜炎などに罹患してしまう危険を避けることができません。
 ワクチンは、体調が万全であれば、その時点で必要なワクチンすべてを同時に接種して、できるだけ早く免疫を獲得させたほうがいいのです。一つのワクチンが接種可能である時は、2つでも3つでも大丈夫。そもそも3種混合ワクチンや麻しん・風しん混合ワクチンなどは、製剤自体が初めからそれぞれ3種類・2種類の同時接種と同じことになっているのですから。
日本では、上腕に2.5㎝以上の間隔をあけて接種することになっているので、赤ちゃんでも4つまでのワクチンを同時に接種することができます。
ところが残念なことに、日本ではワクチン同時接種後の乳幼児死亡例報告をきっかけに、3月4日にヒブワクチン、肺炎球菌ワクチンの接種を一時的に見合わせる処置がとられました。
 ワクチンの接種者数が増えれば、様々な原因によって接種後に健康障害を呈する症例が増えるのも当然です。そしてその中には、いわゆる紛れ込みともいうべき事例があります。これは、ワクチン接種をしなかったとしても発生していた可能性のある乳幼児突然死症候群などが含まれます。
他の先進国の状況を見ても、やはり10万回接種あたり0.02~1.0程度、肺炎等の感染症や乳幼児突然死症候群などによる死亡報告例が見られていますが、ワクチンとの明確な因果関係は認められていません。同時接種に関しても同様に、接種後死亡例において、ワクチンとの因果関係は認められていません。また、同時接種をしたことによる重篤な副反応の増加も報告されていません。
日本ではその後、専門家会議にて検討した結果、死亡原因とワクチン接種との間には因果関係は認められず、また、ヒブワクチン・肺炎球菌ワクチンを含む複数のワクチンを同時接種した場合についても、安全上の問題がないとされ、4月1日から接種が再開されました。
 けれども、今回の一連の動きは、保護者の方々に大きな影響を及ぼしました。同時接種を望まなかったり、場合によっては接種そのものを敬遠したり、と不安や戸惑いを残してしまったのです。
 世界的に見て、日本はワクチン後進国なのです。そしてさらに今回、追いつこうとしていた流れに水を差すような出来事が起きてしまい、とても残念です。
こどもたちには短期間で効率よく免疫を獲得できるというメリットを活かして、ワクチンはぜひ、同時接種で早く受けさせてあげましょう。

2011年09月05日
昭和の暮らしをお手本に
これは、2011年9月に岩田こどもクリニック待合室に掲示されたエッセイです。

東日本大震災による福島第一原発の事故後、東京電力からの電力供給量が激減して、世の中全般の照明が暗くなりました。街路灯も半分くらいは消えているので、車を運転すると違和感があります。最近はだいぶ慣れてきましたが、震災直後は、その暗さに不安をいっそうかきたてられる思いでした。
 一時的でしたが春先には、計画停電などという不便なシステムも経験しました。総使用電力量が供給量をオーバーして突然の一斉停電という事態にならないようにと、ニュースで連日、東京電力エリア電気予報が報道されています。そして、今なお多くの人たちが、日常生活の中での節電に取り組んでいます。
エアコンが大多数の家庭に普及してきた最近では、毎年夏になると、エアコンに依存した生活の中で、身体が冷え切ってしまって風邪をひいたり、下痢をしたり、喘息発作が出たりして受診するこどもたちが増えてきます。ところが今年の夏は、そのようなエアコン風邪やエアコン喘息発作が極端に少ないと感じました。これは明らかに、エアコンの使用を控えた節電の副産物なのでしょう。 大人には便利で快適なものでも、小さいこどもたちにとっては、非常に迷惑なこともあります。飛行機での移動なども同様ですが、時代の先端技術を駆使した便利な道具を使って、スイッチ一つで急に環境を変えてしまうことに、小さな身体は抵抗を示します。生まれたばかりの天然物であるこどもたちは、自然の中の穏やかな変化についていくことを学習するだけでも、じつは精一杯なのです。
 一般家庭のエアコンなど珍しかった昭和の時代。
 夏は、すだれやよしずで日除けをして窓を開け放ち、扇風機やうちわで涼風を送り、夕方には道路に打ち水をする。どの家にも、電気を使わない蚊取り線香がありました。
 陽が沈んだら、早く家に帰り、家の中でも無駄な灯りはつけません。
 テレビもない時代にはお茶の間に家族が集まって、お互いの顔が見えるところで、それぞれに新聞や本を読んだり、針仕事をしたり、その日あったことを話したり・・・。
 電気冷蔵庫がなかった頃は、一度に大量の食糧を買って保存することができないので、少しずつ買ってきては食材を無駄にしないようにと、調理に工夫をこらしていたことでしょう。
 真冬は、家族が集まる部屋にだけコタツやストーブがあって、皆で厚着をして暖をとりました。
  衣食住にわたり、急激な変化をきたさないような、穏やかな暮らしかた。寒さ暑さにも、少しずつ身体が慣れていきます。
そうして毎日の暮らしを丁寧に、自分たちでできることを一生懸命にしていた時代。モノもエネルギーも、ひとの心も大切に扱われていた時代。それはまさに、小さいこどもたちが成長しながら身も心も順応させていくには、もっとも適した生活スタイルであったような気がしてなりません。  最近、地デジ化を機に、テレビを置かなくなったご家族の話を聞きました。その後、こどもたちがとても落ち着いてきたそうです。ワンタッチでいきなり、カラフルな映像とにぎやかな音の洪水が生活の中に飛び込んでくれば、こどもたちも落ち着いていられないのは当然でしょう。
時計の針を逆戻しすることはできませんが、多少、不便とも思えるような昭和の時代の暮らしかたをあえて取り入れていくことで、逆に生きやすくなる側面も、たしかにあると思います。進化した便利な道具を実際に使うのかどうか、その選択肢はまだ、私たちの手中にあります。震災をきっかけに、あらためて気づいたことでした。


2011年10月06日
わが子をしっかり見つめてあげて
これは、2011年10月に岩田こどもクリニック待合室に掲示されたエッセイです。

女性が一生のうちに放出する卵子の数は、せいぜい500個だそうで、男性が一回に放出する精子は約5億個なのだそうです。その中からたった一つの卵子と、たった一つの精子とが出逢って、ひとつの受精卵が誕生するということ。
単純計算すると、確率は2500億分の1。しばしば、うまく着床できなかったり育たなかったりすることもあるので、母体内で無事に発育して、一人の人間としてこの世に生まれ出てくるのが、いかに大変なことであるかと驚くばかりです。
いったいこれは、偶然なのでしょうか、奇跡なのでしょうか?
そして、地球上には何十億もの人々が生活しているというのに、縁あって選ばれた親の元に生まれてきた、たった一つの選ばれた命。
かけがえのないものでないはずがありません。
一人ひとりの子が、どの子も特別な存在なのです。
ほかの子とは違ってあたりまえ。きょうだいであっても、一人ひとりが別の個性を持っていてあたりまえです。どの子も一生懸命に生まれてきて、一生懸命に生きていくのです。
「良い悪い」でなく、「大きい小さい」でなく、「できるできない」でもありません。こどもたちをそれぞれに、優劣、序列をつけるような見方をすることは、できるだけ避けたいものです。
そして、かけがえのないたった一人の人間としての尊厳の前には、「ふつう」も「平均」もありません。わが子が「ふつう」であるのかどうか、「平均」から外れていないかどうかと心配する気持ちも理解はできます。でも、その子は、ほかの子との比較の上に存在するのではなくて、まさに、その子であること、さらに言えば、その子らしくあることにこそ、意義があるのです。
現実には、「ふつうの子」も「何から何まで平均の子」も存在しないでしょう。そのようなものは、こども集団全体を統計学的に都合よく語るための道具にすぎません。
親が子に、このように育ってほしいと願う理想形は、こうした幻の「ふつうの子」や「平均的な子」ではないはずです。こうした「ふつう」や「平均値」を単なるモノサシと割り切って見るのならば、差し支えないのですが、わが子をなんとかそこに近付けようとするのは、思い違いでしょう。

わが子と向き合うと、親はとかく、このことを忘れてしまいがちです。
ウチのこの子はどうなのか、と不安になって、すぐ近くにいるきょうだいや他の子たちと比べたくなってしまうのですね。比べたところで、なんの意味もないことは、ちゃんとわかっているはずなのに・・・・。
さあ、目の前のわが子を日々、しっかりと見つめてあげてください。
その子のすばらしいところを毎日見つけてあげてください。それはきっと、親にとっても子にとっても、一生の心の宝物になるでしょう。

こどもと一緒に過ごす毎日の生活は、いかに大変なことが多いか、よくわかります。でもそれは、ほかのものと取り換えるのが惜しいほどの、すばらしいひとときであるのだとも思います。
どんどん過ぎ去っていく時を無駄にすることなく、いま、この瞬間にも、目の前にいるわが子を精一杯、愛めでてください。

こどもの旬は、そして家族が旬の時代は、あっという間に過ぎてしまうものです。 

2011年11月06日
「ま、いっか」って言えますか?
これは、2011年11月に岩田こどもクリニック待合室に掲示されたエッセイです。

育児に関する情報は(ちまた)にあふれ、いったい何を参考にすればいいのか戸惑うことも多いのではないかと思います。とくに、一人目の子の場合、親は経験値ゼロからのスタートになるので、どうしても情報に頼りたくなってしまいます。それが行き過ぎにならないといいのですが・。
 育児書に書いてある通りにいかないときなどは、あせったり、何をどうすればその通りになるのかと考えこんだりして、ますます窮地に追い込まれてしまうようなこともあるのかもしれません。
ミルクの缶に書いてある月齢相当の分量を飲まないから心配、マニュアル通りの量の離乳食をグラム単位で計量して与えているのに、全部食べてくれないのでどうしよう、おしっこの回数は平均何回くらいなら大丈夫なのか、などなど。
 もっとも大切なのは、それらの情報はある程度の目安と考えて、目の前の子の状態をしっかり観察することだと思います。いくら、缶に表示してあっても、赤ちゃんが飲みきれないミルクを無理強いすることは誰にもできません。穀類を何グラム、緑黄色野菜を何グラム食べさせなくちゃ、とママが意気込んでみても、まだ、離乳食に慣れていない赤ちゃんは、その時々のマイペースでやっていくしかないのです。おしっこやうんちの回数も、ある程度の個体差はあるので、何回以上何回以下なら合格、というものではありません。
 とかく一人目の子の場合には、親の方が一生懸命になりすぎてしまうようです。そして一心不乱に情報を追いかけて、わが子のほうを情報に合わせようとしてしまうのですね。
これが、二人目以降の子となると、親のほうも、子育てがけっしてマニュアル通りにはいかないことは身をもって知っているので、多少、対応が異なってきます。すでにもう、自分自身で一定の経験値を持っているわけですから、予想通りにいかなくても、あるいは、マニュアルに示された通りに育てられなくても、さほど心配はしなくなるのですね。そんなときに、悲観することなく、先輩ママたちが口にする魔法の言葉があります。
「ま、いっか」。
 不思議なことに、このセリフを言ったとたん、なんだかフッと、無駄な力が抜けるようです。それまでやたらと力んでいた状況が、自分自身にも見える瞬間なのかもしれません。そして、気持ちを切りかえて、また明日に向かって前向きになれるようです。
 この「ま、いっか」を聞かせてくれるのが、ほとんどの場合、二人目以降の子のお母さんたちであることは、注目に値あたいします。こどもが二人以上になると、一人の時とは比べものにならないほど、身辺が忙しくなって、あまり事細かなことを言っていてもしかたない、というのが現実でしょう。ただ、それだけでなく、そんな日常の忙しさの中にあっても、けっして譲れないものと、譲ってもいいものや許せるものとが、見えてきているのではないかと思うのです。さすがです。
 それこそが、母親として身につけていかなくてはならないバランス感覚なのかな、と考えています。
悩んだ時には、「まあ~、いっかあ~~」と少し間のびするくらいの感じで、口に出してみてください。それまで必要以上に窮屈に考えてきたことに、もしかすると気がつくかもしれません。
今日のところはこんなもんで「ま、いっか」、でも「いつかはきっと・・・・」と、単にあきらめるのではなく、明日につないでいくパワーもちゃんと保っていられること。
このバランスをめざしましょう。

2011年12月07日
保育所定期健診
これは、2011年12月に岩田こどもクリニック待合室に掲示されたエッセイです。

千葉市の公立保育所では、年に2回、春と秋に定期健診があります。
嘱託医によってやり方はさまざまですが、私はそれぞれを2回に分けて、昼休みの1時間半の間に70~80名くらいずつの在所児童の健診をしています。ちょっとせわしない感じなのですが、それでもこどもたち一人ひとりと、きちんと向き合うことを大切にしています。
先日、今年度2回目の健診に行ってきました。3歳以上児が対象で、保育所事務室で行いました。
こどもたちは4~5人ずつ中に入って、椅子に座って順番を待ちます。自分の番になると立ちあがり、こどもの脊の高さに合わせて用意された台に上がって立ちます。こうするとお互いの目が合うのです。
「こんにちは」
・・・「こんにちは」
「お名前は?」
・・・「○○ ○○です」
「何歳ですか?」
・・・「3歳です」
(あれ?手の指は4歳と言ってるけどなあ・・・)
診察を終えると
「ありがとうございました」
と一礼してくれます。
年長児たちの中には、名乗ったあとに「よろしくおねがいします」と、自発的に言う子も少なからずいて、感心かんしん。
大人から見れば、わずかそれだけの会話なのですが、一歩前に出て台の上にあがって、背中にはお友だちの視線を感じながら見知らぬ大人とこれだけの言葉を交わすことは、小さい子にとっては大変な勇気がいることです。
年に2回、同じようにしていますし、また、お友だちがどうやっているかも見ているので、みんなだんだん上手に挨拶ができるようになってきます。
今回はとびきりです。みんな、とてもよくできました!
保育所の先生によると、ふだんは恥ずかしがりやの子も、今までは挨拶どころか、診察すら暴れていやがっていた子も、なんとか挨拶をし、診察もきちんとできていたようです。その姿を目の当たりにして、その成長ぶりがまぶしくてうれしくて、涙ぐむ先生も・・・。
なんだかこちらまでうれしくて、ほっこりと心が温まりました。
 診察に関しては、あまり重大な異常所見のある子はいなかったのですが、小学校入学前までに済ませておくべきワクチンが未接種の子、やや肥満傾向が認められる子、皮膚乾燥の強い子が目立ちました。そして、サ行やタ行の発音が不明瞭な子。これは早期に言語訓練につなげていくと、いい結果が出るようです。できれば就学前までに、きちんとみつけてあげられるといいですね。
 終了後に年長組の女の子たち5~6人がやってきて、手作りのプレゼントを手渡してくれました。来春の定期健診ではもう、この子たちには会えないと思うとちょっとさみしいですが、会う毎に健やかな成長を見せてくれた彼女たちの、前途洋々たる未来を心から応援したい気分です。
天気予報では降るはずの雨も上がり、明るい空の下、心もさわやかに帰途につきました。





医療法人社団 恵翔会 
岩田こどもクリニック岩田こどもクリニック


〒262-0033
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       ワンダーランド1A
TEL    :043-275-3515
診療科目:小児科・アレルギー科
休診日 :木曜日・日曜日・祝日・土曜日午後
開 院 : 1994年12月16日


病児保育室「うさぎのあな」
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