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幕張本郷にある小児科 岩田こどもクリニックはこどもたちの笑顔が大好きです。

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〒262-0033 千葉市花見川区幕張本郷2-36-21 ワンダーランド1A

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子育て待合室2008年

2008年3月25日
母は子の太陽
これは、2008年3月に岩田こどもクリニックの待合室内に掲示されたエッセイです。

先日、日本医師会主催の平成19年度母子保健講習会がありました。冷たい風が吹きすさぶ日曜日でした が、まる一日勉強しに行ってきました。
 女性小児脳外科医による「子どもの脳を守る」という講演がありました。その先生は、2児を育てながら小 児科医から脳外科医に転向し、研究のため留学までして、現在はママさん医師が仕事に復帰しやすいように と、院内保育室の整備など病院内でのサポート体制作りにも尽力されている方です。
 専門領域である水頭症などの先天奇形についてのほかに、日本でも欧米のあとを追うようにして、児童虐 待による頭蓋内出血が増えてきているというお話がありました。
 児童虐待。加害者の9割は実父母で、母親が7割を占めるという最近の国内統計も出ています。虐待の中 ではネグレクト(養育放棄)の割合がもっとも多いのですが、加害者は、実の親がほとんどです。虐待を受 けた子は心やからだに重い障害を背負って、大変な人生を歩まなければなりません。
今回の講演では、脳外科医として多くの虐待事例に接してきた経験から、加害者の心理にも踏み込んだ興味 深い話を聞くことができました。
*虐待の背景には、虐待をする人の満たされない心がある。
*満たされない心(不満、焦燥感)が虐待に向かう。
*こどもとの距離のとり方がわからない。
*母親を追い詰める「3歳児神話」や「よい育児をしよう」症候群がある。
どうしようもなく追い詰められた親が、まず初めにそこにいる、という視点です。経済的\社会的要因により 親自身が自己実現できない―――自分が何かの役に立っている、という存在感を感じることができないでい る状況。その満たされない心が、より弱者である自分の子への虐待に向かう、というのです。
けれどもそれは、その女性医師自身が子育てに奮闘していた時期に追い込まれていた心理状況とほとんど変 わらないであろう、という内面についても触れておられました。まさに紙一重であると。
 わが子が小さいうちは、研修中の医師としてやらねばならないことを充分にできず、自己を発揮できな い。とてつもなくのんびりとして見えるこども時間に付き合いきれず、ついイライラしたり、大きな声でし かったり・・・。それでも自分が虐待をせずにやってこられたのは、日中、保育所がこどもたちの世話を肩 代わりしてくれている間だけでも医師の仕事や研究に向かうことで、自己実現する機会があったからではな いか?まわりの友人が、やさしく見守って支えてくれたからではないか?
 誰も皆、生きていくことは大変な場合がしばしばあります。それでもすぐ近くの人たちと助け合いなが ら、励まし合いながら、小さな幸せを感じながら、生きていきたいものです。
生き生きとした母親は、子にとって太陽のようなもの。すべてのエネルギーの源でしょう。明るくほがらか なお母さんの子は、やっぱり明るくて笑顔がすてきです。お母さんが元気をなくすと、たちまちこどもも笑 顔が消えてションボリしてしまいます。
 こどもたちのためにも親は、とくに母親は、自己達成感や自己実現感などを感じていてほしいものです。 生きがいや生きる喜びをいつも感じていてほしいと思います。
お母さん、いつも輝く笑顔でいてくださいね。

2008年04月02日
かわいい子には"旅"をさせよ
これは、2008年4月に岩田こどもクリニック待合室に掲示されたエッセイです。

新学期。初めて学校に行くこどもたち。
新一年生は、こどもも親もピカピカして喜びに満ち溢れている、と毎年感じています。でも、もしかする と、心の中ではハラハラとドキドキの不安と緊張でいっぱいかもしれませんね。
今まで知らなかった学校という場所。今まで会ったことのないお友だち。今までとは違って、教室で椅子に すわって、一日に何時間も勉強する生活が始まります。
けれども、一年生になるということは、そのような集団学習の生活に適応できる力がほぼついている年齢に 達している、ということなのです。世界各国の就学年齢も、ほぼ6~7歳と大差がないのは、こどもたちの心 身発達や社会性の発達というものは、人種によってもあまり差がないことを証明しているのではないかと思 います。
 心配なのは、たぶん本人よりも親のほうでしょう。だからといって親は、むやみに子の転ばぬ先の杖にな ってばかりいないようにしたいものです。親の差し出す杖がないと一人では歩けない、などということにな ってしまわないように。
むしろ、かわいい子には旅をさせましょう。多少の困難はあっても、自分のことは、なんとか自分ひとりの 力で最後までやらせてみましょう。
 たとえば、時間割をそろえたり持っていくものを準備したりして明日のしたくをすること。初めてその作 業をするこどもたちは、本人は一生懸命にやっていても、親の目からすれば、「何をもたもたしているのか しら?」「どうしてこんなことが、さっさとできないのかしら?」と心の中は疑問符だらけでしょう。でも そこは、時間がかかっても、とりあえず、一人でやらせてあげてください。
「一人でできたよ。明日のしたくはOK!」というところにきたら、初めて、「どれどれ、チェックしてみ よう」とちゃんとできたかどうか、必ず見てあげてください。忘れ物をすると、一年生は困ってしまいま す。クラス全員が新一年生なのですから、担任の先生もてんてこ舞いでしょう。一人で準備ができた、とこ どもが言っても、初めのうちは必ず、パパやママが見直しをしてあげてください。
 そのようなことを毎日繰り返しているうちに、わが子もちゃんと「明日のしたく」という"仕事"がきちんと こなせるようになっていることを発見するでしょう。そのときは、うんとほめてあげてください。自分一人 でできるようになったこどもは、「自己達成感」を大いに味わって、また一回り大きく成長していきます。 もちろん、必ずいつもうまく行くわけではありません。ちゃんとやったつもりでも忘れ物しちゃった、なん てことはこの先、いくらでもあります。でも失敗したときこそが、じつは成長する大きなチャンスなので す。頭ごなしにしかったりせずに、うまく行かなかった原因を一緒に考え、同じ失敗を繰り返さないですむ ように、工夫をしてみてください。
何かあれば、親がちゃんと力を貸してくれる、ということは、こどもにとって、大きな心のよりどころであ り、生涯にわたる財産です。何かあれば、親はちゃんと自分を助けてくれる。こうした現実生活の中での親 子の絆を強めて、多くの体験を親子で積み重ねていくことは、やがて数年後に迎えることになる、嵐のよう な思春期を乗り越えていく大きな力になることでしょう。
こども一人の力を信じて、まずは独力でやらせてみましょう。そしてそのあとは親からの温かなフォローを 忘れないでください。
失敗を恐れずに、かわいい子には旅をさせてあげましょう。

2008年05月03日
ビリでもかまわない
これは、2008年5月に岩田こどもクリニック待合室に掲示されたエッセイです。

その昔、一人目の子が小学校に入って、初めての運動会が近づいた頃のことです。
徒競走があるらしく、5~6人ずつでかけっこをして誰が一番かを決める競技をすることになりました。はて さて、わが子が一番早いわけはなさそうで、もしかするとビリかもしれない・・・。ということは、練習の 時からもうイヤになってしまい、この先、学校に行くことさえも嫌いになってしまうかも・・・・・。など と、いろいろな心配がアタマをよぎりました。
 それならば何か策を講じないと、と少し考えました。
どうせ走るのならば、誰だって一番になってみたい、と思うものです。でも一番は一人だけ。そして、誰も が多少は持つのが、"ビリにだけはなりたくない"との思い。
そして、意を決して息子に言った言葉は・・・・・
もしも、キミが一生懸命に走って、その結果がビリだとしても、それは全然恥ずかしいことではない し、ビリから2番目の子を「あ~あ、ビリじゃなくてよかったあ!」ってホッとさせてあげることにもなるか もしれないよ。ビリにはビリなりの大事な役割があるのかもしれないね。一生懸命に走れば、ビリだってち っともかまわないからね・・。
 1年生の息子に向かって、そんな、なんだかわかったような、わからないような話をしました。少なくと も、「がんばって一番になりなさい」とか、「後ろから数えた方が早いようじゃダメだからね」などとは言 われなかった息子は、たぶん、「とにかく一生懸命に最後まで走れば、別に順番なんてどうでもいい や・・・。」くらいには、受け止めてくれていたのでしょうか。運動会の結果がビリだったかどうか覚えて いませんが、一番でなかったことは確かです。とにかくそんなことはお構いなしで、彼は、ずっと学校大好 き人間のまま、成長していきました。
 なんでも一生懸命に取り組むことが大切なのであって、その結果に振り回されることはないのです。がん ばった結果が一番であれば、それは皆でほめたたえてあげましょう。それはその子の持っているすばらしい ものへの正しい評価です。でも、ビリだとしても人間として劣っているはずがなく、その子はその子で、ま だほかにすばらしいものをたくさん持っている、と信じてあげてください。
 みんながみんな、同じではありません。
時には、ビリになってしまって、目の前からどんどん遠ざかって走っていくみんなの背中を見ながら、な お、黙々とひとり走り続けなければならないそのときに、ほかの皆とは違う自分を意識することも、長い人 生の間の、大事なレッスンなのかもしれません。
いずれ、こどもたちは自分ひとりの力で生きていくことを学びます。「負ける」という経験を通して、こど もたちは人を見て、世の中を見て、さまざまなものを学び取っていきます。
「負けること」や「ビリになること」は、それを乗り越えることと共に、むしろ小さいときから体験させて おきたいことなのです。

2008年06月04日
わが家の歯医者さん
これは、2008年6月に岩田こどもクリニック待合室に掲示されたエッセイです。

その昔、小学生のころに、歯に重大な問題を抱えていたわが家の次男は、その問題をなんとか解決すべ く、歯科医院に治療に通っていました。今、彼は成長して歯科医となり、世の中に出て初めてのある体験を しました。そのときの感想をこんなメールにしたためて、母親にあてて送ってきました。
今日、歯科検診のバイトに行ってきました。N区の小学校が舞台です。
僕も2校の小学校に通いましたが、かれこれ20年も前になってしまいました。
時間、立地は違えど、下駄箱、廊下、教室、椅子に机、校庭・・・。何か懐かしい感じがしました。
今日行った小学校には、650名の児童が通っているそうです。13年程ここで学校歯科医を勤められている先 生と2人で、かれらを半日かけて検診しました。
5歳~11歳の、いわゆる混合歯列期の児童たちです。虫歯のない子、ある子、小児矯正をうけている子、さ まざまです。なかには、親御さんの歯に対するケアが充分に受けられていない子も。
「D斜線(・・・乳児小臼歯が健全歯という意味)」、「CがC(・・・乳児犬歯が未処置の虫歯という意 味)」などの言葉を聞いて、かれらが純粋に楽しんでいる姿を目の前にする反面、虫歯が少なくない子にど うしたら歯医者に行ってもらえるようできるかを考えさせられる時間でした。
学年によって治療経験・回数の差も大きく、背景にある親の存在がいかに大きいかということも痛感させら れました。
無邪気にはしゃいでいた小学校時代。
テニススクールと同じように、寄り道しながらただ何気なく通った矯正治療。
今まで歯学を学んできて、実際にかれらのお口の中をみて、当時、僕の口の中がすごいことになっていて、 お母さんがすごく心配してくれて、将来困らないようにと通わせてくれていたのだと、多々、思います。
たくさんのこどもたちの笑顔をみてきた小児科の先生って観察力すごいんだなって。
今、こどもたちが虐待だったりいじめだったりと苦しんでいる時間が増えています。
僕ら世代の誤った"別に""ウザい"的価値観がこどもに危険と、週刊誌で読みました。
純粋で、笑顔あるこどもたちでいられるよう、見守ってあげてください。
加えて、そんな笑顔にあふれた家族でいられるよう、かれらのお母さんお父さんも見守ってあげてくださ い。
まだまだ遊び足りない息子より
 無邪気な小学生を間近に見て、自分のこども時代を回想したり、遊べる世代のかれらをうらやましがった り、親のことが見えてきたり、と様々な思いが交錯したひとときだったようです。
先日、ほぼひと月ぶりに帰宅したとき、彼は歯医者さんの小道具を持ってきて、自宅居間のソファで歯垢除 去をしてくれました。歯磨き指導もしたあとで、「今度帰ってきたときには、こんなに汚れていてはダメだ よ、しっかり歯磨きしてね。」と厳重注意されました。
これは、母の日直前の親孝行だったのか、なんだったのか、よくわかりませんでした。
6月4日は虫歯予防デーです。
2008年07月08日
秋葉原通り魔事件
これは、2008年夏に岩田こどもクリニック待合室に掲示されたエッセイです。

6月8日日曜日の昼すぎに秋葉原で起きた通り魔事件は、もし、その場に居合わせていたら、凍りついて身 動きできなくなるような、すさまじく恐ろしいできごとでした。歩行者天国の交差点にトラックが突っ込ん で何人かをはね飛ばしたあと、運転していた男が車から降りてきて、殺傷力の強いナイフを握り、手当たり しだいに次々と通行人に襲いかかって突き進む・・・。およそ現実とは思えない光景だったことでしょう。
7人が死亡、10人が負傷するという大惨事でした。不運にもたまたま、その時その場に居合わせて一瞬のう ちに被害にあってしまった方たちには、本当にお気の毒で言葉もありません。
 犯人の25歳の男性は、誰からも認めてもらえないと感じて深い孤独を抱え、自らを負け組と称し、誰でも いいから勝ち組すべてをこの世から抹消したい、という衝動に突き動かされて凶行に及んだようです。犯行 に至る直前まで携帯サイトへの書き込みを続けていて、逮捕されたあとで、本当は誰かに止めてほしかっ た、誰かとつながっていたかった、などとも供述していたそうです。
 理由が何であろうとも、犯行を正当化することはできませんが、犯人の心模様はまた、どうしようもなく あわれに感じます。25歳になったこの人間には、誰かのために生きているという実感はなく、親との絆もす でに断ち切れていて、何のために生きていくのかの手ごたえもつかめない。誰かに注目してもらいたくてあ のような残忍なアクションドラマのような犯行を思いついたのでしょうか?
それまでの人生のどこかで、生き方を修正できるチャンスはなかったのでしょうか?真剣に、親身になって 彼の深い悩みに寄り添って、明るみに引っ張り上げてくれるような人は、誰もいなかったのでしょうか?む しろ彼自身に、それを遠ざけるような何かがあったのでしょうか?
 事件直後の報道写真には、現場を取り巻く群衆の中に、凶悪事件のひとコマをまるで記念写真でも撮るよ うな平然とした面持ちで、高くカメラを掲げている若者が少なからず映し出されていました。それは、事件 の残酷さと同じくらいに、背筋が凍りつくような光景でした。彼らには犠牲者のこんなにも悲惨な痛みがわ からないのです。他人の痛みを感じられないのです。なんという時代でしょうか。
 しかしながら一方では、襲撃された人にすぐさま駆け寄り、自分のことは忘れて救護に没頭する人々の姿 も同時に報道されていました。真に勇気のある、心の熱い、やさしい人たちの姿に深く感動しました。
その中の一人に、すぐ近くでトラックに轢かれた青年を助けようとしていた50歳代のタクシー運転手の男性 がいました。この方は救助活動中に犯人に腹部をナイフで刺され、4日間も意識不明に陥る重症であったにも かかわらず、無事回復して退院した、という新聞記事を見ました。
「自分も若いときからこれまで順風満帆とは言えない人生だったけれど、失敗したら起き上がってまたゼロ から始めればいい。勝ち組\負け組なんて思うことはない。いつも自分ができることを一生懸命やっていれ ば、それでいいんだ。犯人は孤独で、誰とも心がつながっていなかったと聞いて、むしろあわれに感じ る。」とコメントしています。この方の豊かな人生観を垣間見る思いがしました。
人生は、ほんの小さなこと一つ一つの積み重ねから成り立っています。生まれたときからの一分、一秒をい かに過ごしてきたかで、他の人とは違う、その人だけの人生というタピストリーを織り上げていくのです。 こどもたちが自分だけのすてきなタピストリーを織り上げていけるように、近くの大人たちは、時には厳し くとも、温かな色合いの糸を手に、丁寧にサポートしてあげてください。

2008年09月08日
4人のリレーで銅メダル
これは、2008年9月に岩田こどもクリニック待合室に掲示されたエッセイです。

北京オリンピックの陸上男子400メートルリレーの決勝をテレビで見ました。
みごとな銅メダルでした。実力上位の国々の相次ぐ失格があったとはいえ、トラック競技80年ぶりのメダル という快挙です。
レーススタート直後、第1走者から第2走者へのバトンタッチを見て、その美しさに目を見張りました。その ほんのわずかな一瞬が、あまりに洗練されていて、まるで芸術品のように思えました。無駄な動きがそぎ落 とされて、呼吸もぴたりと合っています。ランナーが交代しているのにまったく失速を感じさせず、流れる ような一連の動きの中でのバトン渡しでした。
ゴール前で、もしかして2位?という場面もあり、興奮しました。1位のジャマイカ、2位のトリニダート・ トバコをはじめとして、身体能力がまさる黒人選手ばかりの中で、3位に食い込んだ日本チームの活躍には、 本当に驚き、感動しました。
試合後インタビューでの、選手4人の受け答えもすばらしいものでした。どの選手からも精神面での落ち着き とバランス感覚が感じられ、好感が持てました。たった今、自分たちが出したばかりのすばらしい結果に陶 酔している様子も充分に伝わってきましたが、それと同時に、4人が異口同音に、短距離競技の先人たちへ の感謝の気持ちを言葉にしていました。これまで長年にわたり、脈々と受け継がれてきた日本陸上短距離走 の歴史の上に今日があるから、このメダルは自分たち走者だけのものではなく、かかわった全ての人のもの だ、とするコメントが印象的でした。
これまで歩んできた長い道のりを支え、今日の技術にまで導いてくれた先人たちに対する礼を忘れていない のです。あんなにも劇的、歴史的、感激的な場面で、そのような言葉が自然に口をついて出てくるというこ とがすばらしいと感じました。この4人のアスリートの立派な人格を物語っているようにも思えました。
 瞬発力に劣る日本の選手は、短距離走で世界のトップと渡り合うことは困難とされています。現に4人とも 今回、個人競技では良い結果を残すことができませんでした。リレーで付け入るところがあるとすればバト ン渡し、と考えて、練習を念入りに行なってきたのでしょうか。
自分の走り、相手のスタート、お互いの立ち位置、流れ、リズム、呼吸、そして力の分散\集中、などなど、 バトンパスの要素について分析すれば、いくらでもそこに改善すべき点が見つかってくることでしょう。些 細な点にも着眼して、徹底して練習を重ねてきた成果が実を結んだのでしょう。バトンを渡すときには、と かく感情的になってバトンを落とすことがあるのだそうです。36歳のアンカー、朝原選手のレース後の弁に よれば、「集中、緊張しながらもバトンゾーンで冷静でいられるのが日本の強みだ」ということでした。
4人が成し遂げたのは、100m走4人分の単純な足し算ではありませんでした。4人で400メートルを駆け 抜ける、そのわずか数十秒の間に、4人の間に通い合う信頼、自信、冷静さ、チームワークといった要素がき らめいて見えます。4人が力を合わせて、とてつもない掛け算をやってのけたのです。偉業を達成しました。
世界のトップレベルと戦うために、この選手たちが傾けてきた情熱と集中力と冷静な大人のバランス感覚 と、そして、私たち日本人が古来持っていたはずの、誠実で勤勉で礼儀正しい国民性が、長年の夢を現実の ものにしたのだと、強く感じたできごとでした。

2008年10月08日
授乳しながらメール、ですか? 
これは、2008年10月に岩田こどもクリニック待合室に掲示されたエッセイです。

赤ちゃんにとって、母親との結びつきは世の中との結びつきの「初めの一歩」です。生まれてすぐから始 まる母親との交流を通して、赤ちゃんは、自分以外の他者の存在について学んでいきます。だから、母親の 行動は、赤ちゃんの将来の社会生活を左右するほどの重大な側面があるのです。
 最近、授乳中にメールをしている母親が非常に多い、というデータを目にすることがあります。これは、 クリニックを受診するお母さんたちに聞いてみても、残念ながら本当のようです。
 赤ちゃんを抱っこしながら授乳するそのとき、ママの優しくてあたたかな両腕は、小さく頼りなく柔らか で、しかし、確かな命の重みを持った赤ちゃんのからだ全体を包み込み、赤ちゃんに大きな安心をもたらし てくれています。赤ちゃんはママの目をじっと見つめ、見つめ返してくれる優しいママの目の中に、「何が あってもあなたを守ってあげる」という強い想いを感じ取ることでしょう。うれしい気持ちの赤ちゃんがニ ッコリすれば、ママもうれしくなって、必ずニッコリとほほえみを返してくれるでしょう。
 でももし、授乳しながらママが携帯メールなどしていたらどうでしょうか?
 赤ちゃんが、穴のあくほど一生懸命にママの目を見つめても、一心不乱にメール中のママの目は、赤ちゃ んに何も応えてくれません。いくら見つめ続けても、大好きなママは何も返してくれないのです。こんなと きの赤ちゃんの気持ちを想像できますか?
 生まれたばかりの赤ちゃんにも気持ちはあるのです。この人はいつものママと違う、と心の中で叫んでい るかもしれません。時間がくればただ授乳するだけの人なんだ、と思ってしまうかもしれません。そこには 人と人との間に交流するあたたかな気持ちが芽生えません。
 携帯画面から目をそらさずに細かく指先を動かしているママの気分は、ゆったりした気持ちとはほど遠 く、どちらかというと、せかせかしている感じかもしれません。ある意味、緊張状態に近いでしょう。その ときのママは、目も頭脳も、指先と腕から体全体にかけての筋肉も、みな肉体労働状態にあり、リラックス している時とは正反対です。赤ちゃんにしてみれば、ママの腕の中にありながら、なんだか抱かれ心地の悪 いような、大きな違和感を抱いてしまうでしょう。赤ちゃんだって、不安になったり神経質になったりする かもしれません。
 長い間、このような状態に慣れてしまうと、赤ちゃんはもう、ママと気持ちを通わせることをあきらめて しまうでしょう。大好きなママは、本当は自分には興味も愛情も持っていないんだ、というふうに授乳のた びに学習してしまうのですから。
自分の力だけではママの気持ちを自分に振り向かせることができなかった赤ちゃんは、やがて成長してから も、他人と気持ちを通じさせることへの興味や意欲を持たなくなってしまうかもしれません。自分はママに 大事にされなかったということから自己評価が低くなり、他者との交流を求めなくなってしまいます。赤ち ゃんが無表情になってしまうのです。
赤ちゃんの心の育ちはとてもデリケートです。赤ちゃんと向きあうときには誰でも、全身全霊を傾けて、赤 ちゃんの心に寄り添ってあげなければなりません。
授乳しながらのメール、もうしないでください。
あなたの赤ちゃんのために。

2008年11月04日
じつはトマトが苦手だった!?
これは、2008年11月に岩田こどもクリニック待合室に掲示されたエッセイです。

二人の息子たちを保育所に預けて勤務医をしていた頃から、患者さんの状態急変や当直などで、彼らに夕ご はんを食べさせてやれないことがよくありました。そんなときには決まって、近くに住むKさんが二人を保育 所から連れ帰ってご飯を食べさせたり、一緒にお風呂に入れたりと、まだ幼かった息子たちの気持ちに寄り 添って、ご一家で親身にお世話をしてくださいました。そんな生活は、彼らが小学校に入ったあともしばら くの間、続きました。
 そのような事情で、よそ様で食事をさせていただく、ということが比較的多かった息子たちには、食卓に 出されたものは残さずにありがたくいただく、という躾(しつけ)をきびしくしなくては、と考えてやってきま した。そのために、自宅での毎日の食事場面でも、息子たちには同じことが要求されました。さらに、こど もたちだけでなく、親である私たち二人もお手本を示すために、何でも残さずに食べる、という習慣を身に つける必要がありました。夫も私も、ウチでもどこでも、何でもキレイに残さず食べる、ということがあた りまえの食生活が続きました。すると家族みんなに、食べ物に対する感謝の気持ちが自然に生まれてきまし た。調理の際に出た野菜の皮や煮汁なども大切な食材として調理し、飼っていた犬の夕ごはんとして食べさ せていました。そうして毎日みんなで同じ食材を食することで、人間も犬も、"ひとつ屋根の下に暮らす同じ 家族"という意識が芽生え、家族みんなの結束が強くなったと思います。
 息子たちが成長して、それぞれに一人暮らしへと巣立っていった頃のことです。夫と二人で食事をしてい て、ふと、夫のお皿の上のトマトがなかなかなくならないことに気づきました。不審に思って聞くと、なん と「本当はね、トマトはあまり好きではなかった・・・・」とホンネがぽろり。
トマトが大好きな息子たちのために、かなりの頻度でわが家の食卓に載っていたトマト。それを知っていた 夫は良き父親役に徹して、トマトが苦手などということはおくびにも出さず、全く家族に気づかれることな く、人知れず努力しながらトマトを食べ続けていた、ということが判明しました。人の親になるというの は、それくらい人の意識を変えるものなのですね。
 年月は流れ、そしてつい最近のことです。長男が夜遅くなってから急に帰ってきて、ありあわせの食材で 夕ごはんを食べてもらおうということになりました。冷蔵庫をのぞいてみると、少し前に食べたニンジンの グラッセ(バターで炒め甘く煮込んだもの)の残りがありました。「そうだ、ニンジンのグラッセ、好きだった でしょ?」と言いながら、すでに盛り付けを始めている私を見て、息子はニンマリ。「やっぱり!」と内 心、確信していた私に息子が放った言葉は・・・・。
「本当はね、ニンジンのグラッセはあまり好きではなかった、というか、かなり苦手なお惣菜だったん だ!」なんと、父親と同じく、苦手なものをばれることなく平気な顔をして食べてくれていた、ということ がまたまた判明したのです。
成長期のこどもの食べ物の好き嫌いにどう対処するかについては、さまざまな意見があると思います。そこ で、家族全員が集まったときにこの話をして、当の息子たちはどう思っていたかを聞いてみました。
「よそのお宅にせよ、運動部の合宿にせよ、どこで食事をしても何でも食べられたし、食べられなくて困っ たということがなかった。それはとてもいいことだった。それに、せっかく用意されたものを食べられない のは申し訳ないことなので、やはり何でも食べられるように育ってきてよかった。」
というのが息子たち二人の感想でした。

2008年12月08日
赤ちゃんたちのレッグウオーマー
これは、2008年12月に岩田こどもクリニック待合室に掲示されたエッセイです。

今年は冬が早く来ているように感じます。いつもより厚着をして早めの冬支度が始まりました。
クリニックで患者さんたちを診ていて、最近、よく見かけるようになったのが、赤ちゃんたちのレッグウオ ーマー。カラフルであたたかそうです。まだ小さな赤ちゃんたちがお母さんに抱っこされて、アンヨの太も もあたりまでゆったりと身につけていると、なんともかわいいものです。
レッグウオーマーといえば、その原型として脳裏に浮かぶのは、エアロビクスのインストラクターが足に巻 いてカッコよくとんだり跳ねたりする姿でしょうか?どちらかというと、若い女性専用の衣料品という印象 でした。
 じつは、これは冬の寒さ対策のスグレモノなのです。赤ちゃんたちの足を冷えから守ってくれるのに大い に役立っています。
 手先、足先が冷えると、からだ全体が冷えを感じてしまうようで、鼻みずをたらしたり、動きが鈍くなっ たりしてしまいます。昔、暖房設備が整っていなかった時代に、今よりもすきま風が入りこむような寒い部 屋の中で、人々はたった一つだけ置かれた火鉢に手をかざしたり、みんなでコタツに足を入れたりして、暖 をとりました。そうやって手先、足先を温めることで、からだ全体を冷えから守っていたのです。足元を冷 えから守るレッグウオーマーもそれと同じことです。
 それから若い人たちの間で好まれているくるぶしまでの短いソックス。あれも、最近では赤ちゃんたちが 身につけているのをよく見かけるようになりました。真夏の暑い季節だったらいいのですが、まだ肌寒い春 先や、夏も終わって秋風が立つころまでそのような短いソックスをはかせていると、足元がすぐに冷えてき て、かぜをひくことになってしまいます。赤ちゃんの小さな体は、あっという間に冷えてしまうのでしょ う。
 それで鼻みずが出ているからと、薬を飲ませても、それではちっとも良くなりません。なぜなら、鼻みず が出る原因、すなわち体の冷えが取り除かれていないからです。このことは、卵アレルギーがあるのに卵を 食べさせ続けていて、いくら薬を飲ませてもじんま疹が消えない、と言っているのと同じことなのです。体 調がすぐれないときには、何かその原因になっていることがあれば、それを取り除くのが最優先課題です。
 中国医学でも、ふくらはぎを中心に冷えを感じるツボがいくつかあるとされていて、逆にそこを温めれ ば、冷えから来る症状は解消すると解釈されています。たしかに、鼻みずが滝のように流れて止まらない、 と訴えて受診する赤ちゃんたちの足をさわってみると、ゾッとするくらいに冷えきっていることに気づきま す。おなかのあたりの皮膚温と比べるとその差は歴然としています。人間の体はうまくできていて、体の一 部が冷えていると、このままでは大変だ、と警告を発するかのように、鼻みずを垂らして注意をうながすの でしょう。そんなときは、すぐに温め直してあげてください。
とにかく冬は暖かく過ごしましょう。
赤ちゃんたちのレッグウオーマー、あったかそうでかわいいですね。



医療法人社団 恵翔会 
岩田こどもクリニック岩田こどもクリニック


〒262-0033
千葉市花見川区幕張本郷2-36-21
       ワンダーランド1A
TEL    :043-275-3515
診療科目:小児科・アレルギー科
休診日 :木曜日・日曜日・祝日・土曜日午後
開 院 : 1994年12月16日


病児保育室「うさぎのあな」
〒262-0033
千葉市花見川区幕張本郷2-36-21
       ワンダーランド2B

TEL.FAX:043-274-7431(ナカヨクミナイイコ)



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